ほほえみへ パート2

ほほえみへ
 今の私があるのは・・・
 こんな私を愛し育ててくれた母のおかげ
 私は、厳格な父と教育熱心な母のもとで育ちました。
 もう それは笑っちゃうぐらい大変な教育を受けてきました
 小学生4年生から、中学受験のために某有名な塾に入れられ、まるで妄信的な新興宗教の信者のように。
 たとえば、両親は私の24時間は完全に管理していました。
 何時に起きて、何時に食事して、何ページを勉強するなど、一日24時間が30分おきのスケジューリングされてきました。
 もちろん、私の両親も私の塾に通い、親が子供にどうやって教えるかを塾の講師がセミナーに出席していたのを覚えています。
 小学生なのに、学校が終わり次第、ハチマキをしながら塾に行って、戦友達と勉強机に向かっていました。
それがまた、戦時中か!というようなハチマキで・・・「勝利!」の文字が。まるで特攻隊みたいでしょ?
でも、それを頭に巻きつけて、机に向かうと、集中し、自分の世界に入れました。それをとても 自分では気に入っていました。汗臭く、そしてどこか懐かしいハチマキの匂いと共にあの時ともに受験戦争を戦った仲間たちを誇りにおもいます。
一人じゃないんだ。寂しくないんだ。って。
あの時代は、勉強するのが当たり前で、勉強ができれば、友人ができて、プライドも作ることができました。
しかし、そんな私の努力なんて、もともと才能がない私に実るわけもなく・・・・
もののみごとに両親の望む私立の中学には 落選していまい・・・滑り止めのさらに滑り止めの日本大学に入学するに至りました。
不本意ながら・・・・完全な男子校です。
考えてみてください、性に興味がありありの中学生が、男子校に入学させられる気持ち。
そしてその学校が
まるで、ビーバップハイスクールばりの中学だったんです
いじめがあり、殴り合いのけんかがあり、教師が竹刀を振り回し、短髪でなければ半殺しに合います。僕らの七日間戦争ってしってますか?あんなもんじゃなかったです。あの時の宮沢りえちゃんは最高でしたね!!!
話が脱線しましたが
テストで平均点を下回れば、下回った点数分、竹刀でケツをたたかれます。
私のその時の友人は運が悪く、ヤマをはっていた分野が出題されず、期末テストで赤点を獲得してしまいました。その時の竹刀でのケツ叩きは凄惨を極めました。
彼は、その日、はれ上がったお尻を椅子につけることができず、立って授業を受けていました。それはまるで見せしめです。
この教師は、マジで俺たちが憎いんだ・・これはやばいぞ・・・って
だから、友人たちとこっちもマジで勉強です。
時間を忘れ、睡眠を削り、スパーファミコンを封印し・・・・
エロ本はそのままでした。
勉強に勉強を重ね、クラブ活動でへとへとになりながらも、気が付いたら、自分で一日の24時間のタイムスケジュールを作っていました。
習慣は恐ろしいものです
でも、かけがえのない青春時代でした。
つづく
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by soyokaze-ah | 2014-05-30 08:29 | 院長 | Trackback

埼玉県さいたま市中央区与野の動物病院「そよかぜ動物病院」のスタッフがお届けするブログです!


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